こんにちは、nora(@o0umecham0o)です!
「珈琲と本は人生を豊かにするとおもう!」
ということでこのブログではコーヒーを読みながらじっくり読みたい本をおすすめしています。
今日のおすすめしたい本は、またまた苫米地英人さん著の『地球にやさしい「本当のエコ」』。
何となくエコじゃない、本気でエコを語り行動を起こそうよ!という本です。
エコ問題で本当に行動を起こすからにはどうしても切り離せないのが政治の問題。
そこにも忌憚なく切り込んだ本になっています。
同時期に発売された『世襲議員という巨大な差別』と合わせて、ぜひいろんな方に読んでほしい本です。
地球にやさしい「本当のエコ」 読了後感想
私たちの信じるエコは本当にエコなのか?
エコやSDGsが叫ばれる昨今、その実現に向けた政策や取り組みをいたるところで見かけます。
私はコーヒーのことを学ぶようになってから特に身近に感じるようになりました。
『気候変動により将来アラビカ種が全滅するかもしれない』と言った内容で、現在ある環境を維持&環境に適応した技術の開発など様々な取り組みがなされていることを知りました。
コーヒーのことに関わらず環境を守ることは自分たちの生活を守ることですから、できることはしたいなという思いはあります。
その一方で、いいとされている対策や政策は本当に意味があることなのでしょうか?
『何となくよさそう』と、あまり吟味されないまま突き進んでいるような面も感じます。
また、「『何となくよさそう』だからこそ、疑問をもちにくい、また疑問があっても声を上げにくい」という状況があるような気がしてなりません。
本書ではエコの裏側に隠された利権の実態と、本当の意味でエコな社会を実現するためにはどうするべきか、特に日本ではどんなことができるかといったことについて提言がなされています。
まずは大きな流れとして地球温暖化や気候変動の問題に触れます。
本書はまずCO2を削減すべきか否かの議論は避け、削減すべきものとした前提で話が進められています。
ではCO2を削減しなければならないとしたら、果たして現在行われている対策やそれに関する政策は本当に意味のあるものなのでしょうか?
著者である苫米地さんは「実体はほとんど逆効果のような事がまかり通っている」といい、それはすべて「利権がらみのビジネスと見ることでつじつまが合う」といいます。
ガソリン車廃止政策に見てとれるエコビジネスのうそ
例えば最近よく聞く『2030年までにガソリン車をの新車販売を廃止し電気自動車のみとする』というもの。
日頃から「電気自動車は地球にやさしいエコな選択だ」というようなメッセージをいたるところで目にします。
ですが実際はそうとも言い切れないデータが出ているのです。
電気自動車にはリチウムイオン電池が搭載されていますが、このリチウムイオン電池の生産時に排出されるCO2を含めると、ある一定の走行距離まではガソリン車のCO2排出量の方が少ないのです。
さらにその走行距離を越えても、ちょうど同時期ぐらいに電池が寿命を迎えます。
電池を乗せ換えたらその分のCO2排出量が上乗せになり、ガソリン車を下回ることがありません…。
さらにその電池の載せ替え費用、我が家も経験したのですが、十数万円と決して負担が軽くありません。
地球のためにCO2を削減することを考えるというなら当然CO2排出総量を考えるべきですし、走行中のCO2排出だけを考えるというのは無理があるはずです。
こうしたデータがあるにもかかわらず、世間では「電気自動車はエコだから」というキャンペーンばかりが喧伝されています。
あたかもガソリン車は全面的に悪であるかのようなイメージを植え付けんばかりです。
また、ガソリン車の開発においては環境対策も含めて膨大な技術の蓄積があるといいます。
電気自動車にはこういった技術は必要なく、電気自動車の導入によりガソリン車が競争力を失うことで長年培った技術が失われてしまう可能性にも言及し、警鐘を鳴らしています。
日本を支えてきたものづくりの現場から、その力をそぐようなことになりかねないからです。
本当に意味のあることであればこの変化も仕方ないのかもしれません。
それがこれと言って意味がない、もしくは害をなすかもしれない…にもかかわらずそれがいい事かのように言われ続けるには電気自動車の利権が後ろに絡んできてるといいます。
そうなると産業構造まで破壊するかもしれない。
私たちにとって大事なのは持続可能な社会ですよね?
これって本当に持続可能なのでしょうか…。
みんなが恐怖心をあおられている
本書ではさらにおかしな「エコ」の実態に迫ります。
CO2排出権取引の問題、中国が途上国扱いでCO2を無制限に出し続けられる状況…
CO2削減が急務といいながら、本当に対策しているとは思えない状況です。
それでも私たちは「CO2削減のためにご協力ください」とあらゆる対策を迫られています。
これは『レジ袋削減』といった身近な問題だけではなく、エネルギー供給の問題にも深く関連しています。
『冬場は電気使用量がひっ迫するので、原発を稼働させましょう。さもなくは火力発電で大量のCO2を発生させてしまいます』と言ったようなことです。
そして私たちはそれを大きな抵抗なく受け入れてしまいそうになっています。
著者はこれを「吊り橋効果」で説明しています。
吊り橋効果とは『強い臨場感空間を共有すると、人はその臨場感空間を支配するものに強い共感を覚える』という心理学的な効果のことです。
ここでの臨場感空間とは『恐怖心をあおる事柄』、臨場感空間の支配者とは『その恐怖心をあおる人たち』のことといって差し支えないかと思います。
このところ「気候変動によって私たちや私たちの子供が危機にさらされている」という言葉をよく聞きます。
あのグレタさんが目を吊り上げて怒っていたのもそんな内容でした。
私たちは『危機的な地球環境の中にいる』という恐怖心をあおられている状況なのだといいます。
その中で『その地球を守りましょう』と先手を切って発信している人たちの言葉に強い共感を覚えている。
…言っていることはとてもいいことですよね。
恐怖心まで感じずとも、いいことだからみんな素直に信じたいし共感もする。
でも現実は一番大切な内容の部分に疑問符がついている…なのにそれに気づいていない。。
そんな状況なのだといいます。
本当の意味で「地球にやさしい」ことはできるのか
ただなんだかんだ言っても本当にエコならそれに越したことはないし、SDGsはまさに自分たちの生活を守るためですから、ビジネスであろうが何であろうが意味のある事ならどんどんするべきだと思います。
そして著者はこの本の中で、『日本だからこそできる100%カーボンニュートラルな提案』をしています。
この提案は日本の電力需要のひっ迫を解消するだけでなく、林業を復活させる可能性も持った画期的な内容です。
ただこれには国のような大きな力が動く必要があります。
現在は国も、大きな利権のもとで動いています。
これを動かすには、一人でも多くの人が「本当の意味で環境を守ること」に意識を向けて、その意思表示をするしかありません。
この本はその重要性を強く訴えている本だと思います。
おわりに
先日衆議院議員選挙が終わりましたが、今回も「何が何だか」という感じでした。
というか、選挙は毎回「何が何だか」という状況で始まって終わるという印象があります。
「選挙へいこう!」という声だけはいろいろな有名人から上がりますが、問題は何をもって選ぶかですよね…。
選挙の時期になるとテレビでは改憲だなんだ、政治と金がどうだという議題ばかりが取りざたされますが、今回この本を読んでいて環境問題にしっかり目を向けてその声を実現してくれる人に票を託すということも大切なことじゃないかと思わされました。
環境問題に向き合うことは日本の産業に向き合うことでもあり、それは私たちの生活に必ず関係してくることなのだと改めて教えられた気がします。
この本はぼんやりとエコを語る本ではありません。
ぼんやりと語らないということは実際に動かすということ、この問題はどうしても政治の話と切り離せないことなのだと感じました。
政治の話は嫌煙してしまいがちですが、『エコ』を含めた身近な問題を実のあるものにする大切なことだと思います。
この本はエコという側面から未来のことを考えた意味のある選択を促してくれる本だと思います。
本当に政治を変えていくにはということについて書かれた同時期発売の「世襲議員という巨大な差別」もぜひ一緒に読んでほしい本です。


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